お引越しの準備
引っ越し屋さんって高くないか?
単身の荷物が少ない引っ越しで費用を無駄に上げてしまうのはいかがかと感じた。
幸い、うちの家族は移住に協力的である。
頼れる人は頼ろう。
ということでレンタカー屋でトラックを借りていくことにした。
借りるのは2tだ。
私は免許の制度上運転ができないようだ。親を頼る。
いやそもそも温室育ちだから引っ越しの費用は親持ちだ。感謝。
日程は決まっているので予約をした。
金額は2万円かからないくらいだった。それプラス燃料費高速代くらいで引っ越し費用が済むのだから安い。
やはりこの世で一番お金がかかるのは人件費である。
不安感
見知らぬ地へ居住することに関して不安感はもちろんある。
しかし、この不安感はどうしようもない感覚であり、同時に期待感も背負うものである。このようなことは一生のうちにそう多くはないだろうからこそ、今自分自身が抱いている感情を大切にしていきたい。
過去に一人暮らしをしていた経験はある。
しかし、それは実家から物理的にも心理的にも近い場所、且つ大学の友人たちがすでに近くに住んでいるという環境でのことだった。
次は違う。
就職先には知り合いはいないし、実家には気軽に帰れるような距離ではない。
そして何よりも私は社会人になるのだ。
世間一般で言う親元を離れて立派に一人立ちする状況なのだ。
親から経済的に自立しなければならないし、生きるために自分の稼ぎでやりくりしていかなくてはならない。
そんな未知の領域に立ち入るのである。
住み慣れた土地を離れる不安感もあるのかもしれない。
あそこには通いなれたスーパーがあって、小さい頃からのかかりつけの病院も近くにある。ここの路地裏は向こうの道までつながっている。
そんな骨の髄まで知っているようなこの町を離れ、駅の場所すらわからない土地で暮らさなければならないという不安だろうか。
安いスーパーを自分で見つけ、どこの病院の評判がいいのかリサーチし、職場までの近道を毎日探し…考えてみると不慣れな土地で自分がやるべきこと、生活をより豊かにするためにできることはいくらでもあるわけである。
その点、自分がどれだけ工夫できるかなど期待できることも大きい。
しかし、私はただ生活しに行くわけではない。働きに行くのである。
その点についての不安がほとんどだろう。
一企業の情報なんていくらでも出てくるこの時代でも、探して見つかる情報に正確性が保証されているわけではない。そう、ただただ待つしかないのだ。
人間は他者との関わりの中で生きていく生物だ。だがここで重要な人間関係というものはいくら検索エンジンで探しても見つかるものではない。この部分に関しては入社し、蓋を開けてみなければ当たりはずれが読めない。そのようなガチャに対しても不安を抱いている。
まぁ不安なんていくら書き連ねていても負の感情が折り重なっていくだけなので、とりあえずオチはないですがこのあたりでやめておきます。
移住まで
現住は関東の都会とも田舎ともベッドタウンともとれない某所。
移住する土地はハッキリ言って現住地よりは田舎。
じゃあなぜそんなところに移住することを決めたのか。
人間は生きる時間のほとんどを睡眠時間に費やす。
(過重労働がトレンドの昨今では違うかもしれないが)
それだけ家にいる時間というのは長いもので、それに伴って居住地というものは職を選ぶ上での大半のウエイトを占めるものとなるはずだ。
それなのになぜ多くの地方民が憧れる”上京”とは真逆の道筋をたどったのだろうか。
現住地は都内まで一時間以内で出られるような土地である。その上、市内には大型のショッピングモールが複数あり、ないものはタピオカ専門店くらいでは?と思えるくらい生活+αの範囲まで利便性に富んだ土地である。
しかし、この土地にはただ一つ欠点がある。
それは、世間一般の人からすれば大したことではないのかもしれない。
しかし、私にとっては大きな欠点である。
”アウトドアに適した土地に出るには大都市を避けられない”
土地柄、どこに行くにも政令指定都市を通らざるを得ない。
人口が多い=交通量が多いとなり、昼間の移動はロスが大きい。これは高速下道問わずだ。
だから必然的に深夜早朝出発の強行が多くなるわけだが、加齢とともにこの行動は体力的に厳しくなってくるはずだ。
じゃあいっそ居住地を目的地に近づければいいじゃないか。
と一念発起して現住地より田舎に向かったわけである。
といったように未知の領域に踏み入れる不安感からブログの更新頻度があがるという期待を込めて今回は締めることにしよう。